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ターザン山本  本名・山本隆司。1946年、山口県生まれ。立命館大学を中退してブラブラした後、『週刊ファイト』でプロレス記者デビュー。やがて週刊プロレスの編集長にまで成り上がると、新生UWFブームを仕掛けたり、新興団体SWSの選手引き抜きをバッシングするなど独自の誌面 作りで同誌の部数を飛躍的に伸ばす。95年には「プロレス 夢の掛け橋」として全団体が参加するオールスター戦をベースボールマガジン社主催で実現。プロレス界に大きな影響力を見せるも、団体・選手が猛反発。同誌は新日本プロレスを筆頭に取材拒否に合い、誌面 変更を余儀なくされる。その後、ターザン山本は編集長を解任され、フリーに。『紙のプロレス』『SRSデラックス』等でゲストに招かれるも、全盛期の勢いはなく、いじられキャラとしてTV・雑誌等に出没する。現『プロレス激本』編集長。  
ターンバックル  鉄柱の手前、ロープとロープの継ぎ目の金具を覆い隠した物。 よくこれを剥がして、ムキ出しの金具に相手を叩きつけたりするのが見られる。 小橋健太はこのバックルに相手をパワーボムで叩きつけたりする。  
タイガー・ジェット・シン腕折り事件 昭和49年(1974年)6月26日 
大阪府立体育会館
NWF認定世界ヘビー級選手権試合/60分3本勝負
アントニオ猪木(チャンピオン)
VS
タイガー・ジェット・シン(挑戦者)
  当時、豪華外国レスラーを売り物にしていた全日本プロレスに 対し、外人招聘のパイプを持たなかった新日本プロレスは、無名の外人 レスラーを次々に上げていかざるを得なかった。 その中の一人であるシンは、人々の心臓を抉るようなラフ・ファイトによって、 猪木とプロレスファンに強烈な存在感を植え付けていった。そのシンの存在は、「自分の潜在的な怒りを叩き付けてしまうような面 を、奴が掘り起こしてしまった」と 後に猪木自身が語っているように、単なるライバル関係を超える死闘へと両者を 向かわせていったのである。そしてこの試合で、猪木の潜在的な怒りが頂点に 達し、シンの腕を折るという凄惨な形となって現れてしまう。 だらりと下がったシンの腕・・・。”キラー猪木”は、シンのラフファイト以上に 人々の心臓を抉りとってしまったのである!
 
太極拳(たいきょくけん)  太極拳と聞くと、公園などで行われている健康体操のイメージが強いかもしれませんが、じつは実戦的な拳法と言われています。 太極拳は手で大きく円形を描く動作が印象的な拳法です。これが「化勁」です。 太極拳は化勁を重視する最も代表的な拳法と言われています。
  太極は、万物が陰陽に分かれる前の状態をいい、「易学」によれば、宇宙の本源は、目に見えない大きな力を有する渾然たる世界(太極)があり、この太極が動いて陽を生じ、また静まって陰を生じた。陽の気は集まって天となり、陰の気が集まって地となり、両気の配合によって万物が生じたという。 太極拳では、これを 其大無外 其小無内と表わし、これは、太極の外で働く大きいものはなく、また、太極より小さい物もない程、極微の世界にも太極はあると言う意義です。  太極拳は、清の時代に著名な拳師であった河南の陳王廷によって創始された。最初は門外不出の拳法であったが、十四世の陳長興の時代に、楊露禅が、毎夜陳一族の練習をのぞき見をし、一人で密かに工夫していたところ、それを知った長興にその熱意を認められ授けられたところから、今日のいろいろな流派が生まれるところとなった。代表的な物に、楊式、呉式、武式、孫式等がある。 現在日本で行われているところの、簡化太極拳は中国が世界に広めるために簡単に出来るように編纂し直した物である。 静かな動きが多い太極拳の中でも、激しい動きを行う流派もあります。それが陳氏太極拳です。 陳氏太極拳の達人が技を表演した際、拳がうなりをあげて風を生じ、震脚によって天窓のガラスが震動したと言われています。
 
大道塾(だいどうじゅく)  東孝氏が創設したフルコンタクト空手流派です。ただ、他のフルコン流派とは違った面 を持っています。 それは、空手界でタブーとされてきた拳による顔面殴打を認め、打撃技だけでなく投げ技や寝技も取り入れている点です。「小さい者が大きな者に勝つためには顔面 殴打や金的攻撃が不可欠」 「実戦では組み合うことが多い。そのため投げ技や寝技を取り入れている」 など、大道塾は徹底して実戦を想定した稽古を行う流派だといえます。ただ、安全性にも気を配っていて、 初心者には顔面ナシのルールで稽古させ、顔面アリの場合はスーパーセーフと呼ばれる防具を頭部につけています。  
タイトル
title
   
タイトルマッチ
title match
   
ダウン
down
 格闘技の試合で打撃などを受けて倒れること。一度のダウンで勝敗が決するルールもあれば、ダウン・カウントをとり、10カウント以内に立たなければ負けとなる。または1ラウンドで3回ダウンした場合、T.K.Oとして負けとなるなど、試合によってダウンの扱い方が異なる。  
ダウンカウント
down count
 試合中に打撃などで倒れた時に審判がダウンと宣言し、10カウント以内に立てない場合はノックアウト負けとなる。 しかしカウント中に選手の身体の状態や戦意を確認し、戦えないようであればノックアウト負けとなる。また大会や団体によって、ダウンカウントを数えずにダウンした時点で負けと判定されるものがある。  
高田道場(たかだどうじょう)  1998年、高田延彦や桜庭和志が所属するプロレス団体「キングダム」の解散後、高田が興したジム。所属する現役選手は高田延彦桜庭和志、松井大二郎、山本憲尚、今村雄介。 プロの選手の育成はもとより、一般成人、児童などのジム生を募集し、レスリング、キックボクシング、総合格闘技の指導も行われている。独自に興業は行っておらず、所属選手を各団体、大会に派遣する方式をとっており、主にPRIDEに送り込んでいる。  
打撃技  自分の体の一部を相手の体にぶつけてダメージを与える技で、パンチ、キック、膝、肘等がある。
⇔寝技、関節技
 
立ち技    
タッグマッチ
tag match
 チームを組んでの試合で2〜5人で1チームになって試合を行う。 原則的にはリング内で試合を行うのはチームから一人だが、 フォールされたりなどピンチの時にはカットプレイと言って、 チーム内のレスラーが味方を助けに入ったりできる。 勝敗がつかない限りは何度でもチームのレスラーと交代する事が 可能で、これを『タッチ』と言う。タッチはコーナーに控えた 味方レスラーがタッチロープを握ってる状態で、 手が体の一部(主に手と手)を触れた時に交代を認められる。 ツープラトンや、スリープラトンなどの合体技が見れるのもこの試合の醍醐味である。 ちなみに『トルネードバトル』と呼ばれるタッグ試合形式があり、その形式にはタッチは存在せず、チーム全員に試合の権利がある。
⇔シングルマッチ
 
タックル
tackle
 相手に組み付いていって、倒すこと。胴タックル、片足タックル、両足タックルがある。  
タッチ
touch
 タッグマッチで選手と選手が交代する際に手で相手の体を触る行為。 この時、控えの選手はタッチロープを握ってないとタッチは成立されない。  
タッチロープ
touch rope
 コーナーに据えられた数センチの紐でタッグマッチの際、 コーナーに控えた選手はこの紐を握った状態でなければタッチは認められない。 この紐も凶器として使う場合がある。  
タップ
tap
 マットや相手の体を3回以上叩いて降参すること、チョークスリーパーや関節技やグラウンドでの打撃でする場合が多い。  
タバスコ    
旅の途中 船木が98年6月18日から21日までに出演した芝居。  
WMA(世界格闘技連盟)  世界格闘技連盟の略称。1978年に猪木の保持する格闘技ヘビー級のベルトを象徴として、新日本プロレス、WWF、プロボクシングのドン・キングプロモーション、マーシャルアーツのWKA、全日本キックボクシング、ムエタイ国際プロモーション韓国ムエタイ、全日本プロ空手、剛柔流空手日本正武館、パキスタン国際レスリング委員会、イランのコシティ、ブラジルのバーリートゥードといった組織、そしてウィリアム・ルスカ、バッファロー・アレン、オランダサンボ協会会長クリス・ドールマンが個人として参加する空前の格闘技統一機構構想だった。 これらのあらゆる格闘技の参加選手全員を体重別にクラス分けし、それぞれのクラスで無差別 に対戦し、ランキングを制定する計画だった。 以前から格闘技に興味を持ち、新日本プロレスの中に格闘技部門を作ってはどうかと猪木に提案していた佐山サトルが所属第1号の選手となるはずだった。 猪木の格闘技路線終結とともに立ち消えになったが、猪木引退後のライフワークととして再び動き出すこととなる。  
WBA(世界ボクシング協会)

World
Boxing
Association
 もっとも古株の世界タイトル認定機関。 当初は、全米ボクシング協会(NBA)と称し、米国内での活動が中心でした。 1960年代に入って改称しました。  
WBC(世界ボクシング評議会)

World
Boxing
Council
 1960年代初め、米国中心だったWBAに対する第三世界の諮問機関として発足。1968年あたりから独自のチャンピオンを認定するようになりました。  
WBO(世界ボクシング機構)

World
Boxing
Organization
 1987年、WBAからドミニカ、プエルトリコなどカリブ・エリアのグループが脱退して作った世界タイトル認定団体。 JBC(日本ボクシングコミッション)未認定。  
WWF

World
Wrestling
Federation
 正式名称は「World Wrestling Federation」。ドラマ性を重視し、プロレスラーである登場人物たちが毎回台本にそったストーリーを展開していく。アメリカでは「RAW is WAR」「SMACK DOWN」などの番組も放送され、絶大な人気を誇っている。2001年ライバル団体であったWCWを吸収し、さらに勢力を拡大した。  
第二次UWF  1984年に当時新日本プロレス所属だった前田日明佐山聡藤原善明高田伸彦らがショー的要素の強い技を廃した、リアルな戦いを目指して第1次UWFを設立した。興行不振により1年余りでの解散となったが、89年に再び新生UWFとして再興。しかしこれも91年に解散。その後はUWFインターナショナル、リングス、藤原組に分裂。  
   
 
TEAMSTER  99年7月、蝶野大仁田とタッグを組んだ時に、蝶野が大仁田に与えた称号。トラックの運転手的な役割を大仁田に求めたという。  
TEAM2000  新日本本隊、武藤nWoに対抗すべく、蝶野が99年5月にAKIRA、ドン・フライ、大仁田、nWoスティング、マイケルといったメンバーを取りこみ結成。2000年2月にはnWoの残党、捨て犬コンビの吸収に成功し10人体制となる。 その後、脱退や吸収、分裂などを繰り返し続けている。ボクシング戸高など、プロレス以外の業界にも影響力を持つ。  
チャクリキ  1972年1月、トム・ハーリンクは世界で最も有名なムエタイ・キックボクシングジムであるチャクリキを設立しました。 チャクリキは日本語の”借力(導き出された力)”から派生した言葉です。創設者ハーリンクは、大山倍達氏の極真空手で短期間修行した後、伝統空手・ボクシング・レスリング・柔道そして柔術を組み合わせ、厳しい精神修行とともに『チャクリキ・スタイル』を編み出しました。チャクリキスタイルの一部では、古武道の棒術・万力鎖・ヌンチャクやサイも扱っていました。チャクリキのエンブレムには、タイボクサーと平和を象徴する小枝をくわえたブルテリアが描かれています。ブルテリアは、勇気・聡明さ・力・機敏さとスピードという、全てのチャクリキファイターの特徴を備えていることから選ばれました。ウエイトトレーニングと非常に過酷な屋外でのトレーニングはチャクリキスタイルの特徴となりました。非常に伝統にそぐわない、当時の赤い空手着は人々の注目の的でもありました。チャクリキの創設は格闘技に新たな一時代を開拓しました。なぜなら、組み合わされたあらゆる格闘技術は、無意味ではない修行を行ったチャクリキのファイターによって即座に実行され、結果 を出してきたからです。ヨーロッパ中の他流派ファイターは、チャクリキファイターに何度挑戦しても完膚なきまでに叩きのめされたのです。チャクリキの恐ろしさに対する評価は徐々に高くなり、定着していきました。それらの結果 はハーリンクの名を世界中に轟かせました。ついにはムエタイの発祥地、ルンピニー・スタジアムまで派生したのです。タイ国は躊躇することなく、チャクリキに勝負を挑むためにバンコクに招待しました。伝統的なムエタイルールで戦わせることによって究極のテストを行おうとしたのです。オランダ人はムエタイについてはあいまいにしか認識していませんでしたし、勝算もありませんでした。 タイ人は強く、ほとんどのヨーロッパやアメリカの有名ファイターを倒してきました。だからといって恐れをなす訳にはいきません。 しかし5人が試合を行い、5人とも敗北を喫してしまいました。一番長い試合が3ラウンドまででした。しかし、ハーリンクは決して落ちこむようなことはありませんでした。それどころか、彼の忍耐力は”精神再生”のプロセスとさえ呼ばれました。彼のようなスポーツマンは、負けを認め、ただ帰国することなくその傷を癒したのです。それはそこで勝利者から学ぶ事が出来るという確信があったからです。彼は鍛えるために何度も戻り、その結果 が実を結ぶことになりました。次にタイ国に行った際には、もはやオランダ人以上に強いファイターは存在しなくなっていました。1984年1月、World Muay Thai Association(世界ムエタイ協会)という協同関係がタイ国とハーリンクの間に結ばれました。ラジャダムナン・スタジアムの支配人、モントリ・モンコルサワド氏が永世名誉会長に、トム・ハーリンクが会長に任命されました。 25年以上になるチャクリキの道のりは長いものでした。小さなアムステルダムのダウンタウンの教室が、多くの戦いにより世界で最も有名で、オリジナル商品の売上までもが好調なムエタイとキックボクシングのジムに成長しました。そしてK-1にピーター・アーツなど強豪選手を次々と送り出し、世界中にチャクリキの強さを知らしめました。  
チャンプ・ネバー・ダイ
champ never die
 歌手松山千春が死去したプロレスラー、ジャイアント馬場(享年61)にささげた歌。正式な歌の題名は「Champ Never Die〜永遠のチャンピオン・ジャイアント馬場」。馬場さんのリングにかける思いを歌ったロック調の曲で、松山は「追悼歌ではなく応援歌」と話している。「Champ Never Die」(王者は決して死なないの意)の歌詞は「闘いはこれからさ、生命の全てを燃え尽くせ」で、松山の曲としては異色のロック調の作品に仕上がっている。 松山と馬場さんは20年前に知人を通して知り合い、公私ともに親しい付き合いを続けてきた。馬場さんが出場した東京ドームでの試合で、松山がアカペラで「君が代」を歌い友情出演したこともある。「Champ──」は馬場さんが入院した際に「早く元気になってほしい」とのメッセージを込めて書き始めた歌だった。松山は「早過ぎた。とにかく早過ぎた。当然復帰してくれると思っていた。応援歌のつもりで書いていたんです」と語る。タイトルも「勇気をもう一度」に決めていたという。 願いが届かず馬場さんの訃報(ふほう)を聞いた時、1度は「CD化をやめよう」と考えたという。だが「オレにとって馬場さんは生涯のチャンピオン。チャンプ・ネバー・ダイってことさ。馬場さんへの思いは、オレだけでなくすべての人の心の中に、いつまでも残っていくはず。そういった意味でもこの曲を残そうと思った」と話した。  
チェーンデスマッチ
chain death match
 一本のチェーンで互いの手を繋ぎ、逃げられないようにして行う試合。  
チェスト−  空手バカ一代など、昔の空手、格闘マンガにはかかすことのできない気合いの発し方。 意味は九州地方の方言で、「がんばれ!」という意味であるが、腹に力が入りづらい為かそれを試合中に使ってみようと言うチャレンジャ−は未だ現れない。  
注意  格闘技の試合において、反則を犯したり、レフェリーの指示に従わなかった場合に課せられる。判定の際にこれが減点の対象にもなり、これが貯まると失格となる場合もある。  
中京格闘技連盟(ちゅうきょうかくとうぎれんめい)  名古屋を中心に活動する格闘技団体。略称CMA。パンクラスと関係が深く、練習生がCMAの試合に出たり、CMA所属の美濃輪選手がパンクラスのネオ・ブラッド・トーナメントに出場するなどの交流がある。  
中国拳法  簡単に言えば、中国に伝わる格闘技の総称です。流派は数百にも及びますが、そのほとんどが公開されていません。 中国拳法のほとんどは、弟子をとる際に厳格な試練や儀式を行う場合が多い。それは長きに渡って受け継がれてきた技を、人間的に問題のある人物や武道の素質のない者に受け継がせるわけにはいかないからです。 それは名門流派であればあるほど厳格なモノになります。それ故に、中国拳法は現在でもそのほとんどが公開されていないのです。 中国拳法には数百もの流派が存在するといわれており、その格闘スタイルも様々です。それでも一般 におおまかな分類がなされています。 中国北部、黄河流域に存在する拳法を北派。中国南部、長江領域に存在する拳法を南派と呼んでいます。 これが最も一般的な中国拳法の分類だと言われています。 他には内家拳と外家拳とに分ける分類法もあります。内家拳とは肉体内部から発生する力、いわゆる"気"を主体した流派のことです。これを使いこなすようになるには長い年月がかかります。 内家拳の修行者達は、地味な反復練習を休むことなく繰り返し行い、技術を取得するのです。 逆に外家拳とは、筋肉や骨や皮膚を岩のように鍛え、それによる筋力での攻防を主体にした流派です。 内家拳にくらべると、ある段階までの上達が早いのが特徴です。日本の空手はどちらかといえば、外家拳に属する格闘技といえるでしょう。 北派には内家拳、南派には外家拳の流派が多いのも特徴です。 両派の違いを安直に述べるのならば、北派(内家拳)は大器晩成型、南派(外家拳)は 即戦力型と言えます。 中国拳法の技法や戦闘理論の特徴として、「勁(けい)」があります。勁とは、簡単に言えば相手を倒すために必要な威力のことですが、単純な力のことではなく、力を圧縮し瞬間的に爆発させて発生させるパワーのことです。 筋力にたとえると、武術の技により精錬されたモノが「勁」。我々が普段使っている筋力を「力」といいます。勁を攻撃に使うことを「発勁(はっけい)」、勁を封じる防御法を「化勁(かけい)」、攻防の技術である勁を一体化させたモノを「粘勁(ねんけい)」といいます。 よく漫画などで発勁を技の名前のように使っていますが、厳密に言えば発勁とは相手に勁を発する動作のことなので、発勁という名前の技は無い。 発勁は日々の稽古で強力な勁を作り、地味な基本動作を毎日キチンと行っていれば、使えるようになるとされています。 発勁ができていれば、拳法の基本である中段突きでも充分に相手を倒すことができます。また発勁はあらゆる格闘技において理想的な戦闘方法と言われています。例えば、空手の「裏当て」や、古武道である骨法の「徹し」も発勁と同じ理論の技術体系です。 発勁は長い年月を掛けて修得するモノなので、威力は筋力や骨格の大きさによって決定される訳ではない。よって体の小さな人間でも体の大きな人間を倒すことが充分に可能なのです。 中国拳法の防御方法。それが化勁です。相手の力(勁)を化す(受け流す・無効化する)技術のことです。化勁は攻撃をそらすだけではなく、相手のバランスを崩し隙を作る効果 もあります。攻撃を受けた後の反撃の準備も、化勁で行うのです。 しかし、発勁も化勁も単体ではバラバラなので、実戦で使うとなると難しくなります。そこで登場するのが攻防一体の技術である「粘勁」です。粘勁は相手に密着して死角に入り、自分が攻撃しやすいポジションを取る技術です。更に相手に密着することで距離を殺してしまうのです。 威力のある攻撃を行うために一定の距離を必要とする武術が相手なら、完全に相手の攻撃を封じることができます。発勁ができていれば、密着状態でも充分な威力の攻撃を繰り出すことができるので、相手の攻撃を封じつつ自分は攻撃ができる。 まさに攻防一体の技術といえるでしょう。  
チョーク
choke
→チョークスリーパー  
チョークスリーパー
choke sleeper
 後ろから腕の関節で相手の首の頚動脈を締め上げる技。総合格闘技で一番使える技。  
   
 
頭突き  相撲やけんかで,頭で相手の胸などを強く突くこと。 初期UFCで有効な技だったが、禁止になり、プロレス以外のほとんどの格闘技大会で禁止されている。藤原組長の得意技でもある。  
ツープラトン  タッグマッチなどで二人掛りで仕掛ける合体技、コンビネーションの事。 三人で行う『スリープラトン』なども存在する。  
   
 
テイクダウン
take down
 タックルや組み合いで相手を倒してグラウンドに持っていこうとする事。また、持ち込まれた状態。  
T・P・G

Takeshi
Professional wrestling
Gundan
 正式名称”たけしプロレス軍団”。当時ビ−トたけしが新日本プロレスと手を組み、プロレス界に殴り込みをかけた団体。 オ−ディションは、たけしのラジオ番組で行われたり、ロケ先で撮影の合間に行われたりと今では考えられないようなオ−プンなものであった。 そして、あの両国での観客暴動事件を引き起こすきっかけに。これはその日のメインである猪木vs長州の試合中、たけし自らリングに上がり、ビックバンベイダ−を猪木に挑戦させようとしたことから、 猪木と長州を観に来ていたファンが暴走。「どうですかあ−?」の猪木の消火活動もむなしく、リングには紙コップなどの物が投げつけられるという大失態を展開。その後新日は何年間か蔵前国技館を使用禁止となる。 この事件をきっかけに、あっけなく団体は消滅。しかしこれはたけしが悪いのではなく、実はある人の書いたシナリオが思わぬ 失敗、これが真相である。しかし、デルフィンや邪道、外道などを発掘したりとその功績は大きい。  
DEEP(ディープ)  2001年1月に産声をあげたバーリトゥードのイベント。興業第1弾のメインを飾ったのは、シュートボクシング出身の大阪プロレス所属レスラー、村浜武洋VSホイラー・グレイシーだった。(結果 は引き分け) この大会の特徴としては、軽量級、中量級の選手を中心とする試合、また、バーリトゥードとは縁遠いルチャリブレ(メキシコ流プロレス)の選手や、現役プロボクサーなどの色物的カードを組むのが特徴である。  
テクニコ ルチャで言う『ベビーフェイス(善玉)』の事。
⇔ルード(悪玉)
 
デスマッチ
death match
 プロレスには『デスマッチ』と呼ばれる物がある。 最近では爆薬や電流を使った派手で過激なデスマッチも存在する。 チェーンデスマッチ、金網デスマッチ、ランバージャックデスマッチ 剣山デスマッチ、ベアナックルマッチ、ノーロープブレイクマッチ、電流爆破マッチ、ファイヤーデスマッチ、カベジェラ・コントラ・カベジェラ、マスカラ・コントラ・マスカラ等。  
テクニカルノックアウト(T.K.O)
Technical Knock
Out
 格闘技の勝ち方の一種で、打撃や関節技や絞め技等でダメージが深刻でレフェリーやドクターが試合続行不可能だと判断した場合宣告される。また1ラウンド中に3回ダウンした場合、T.K.Oとなるルールが多い。また、レフェリーストップやドクターストップ、試合放棄もT.K.Oに含まれる。  
テコンドー
TAE KWON DO
 簡単に言えば、豊富かつ華麗な足技を主体にした打撃系格闘技です。 テコンドーは朝鮮半島の国技です。創始者であるチェ・ホンヒが、朝鮮の古武道「テッキョン」と日本の空手を融合させたものがテコンドーです。 その足技は華麗かつ変幻自在で、すさまじいスピードで攻撃の角度を無数に変えて相手に攻撃を予測させない工夫も凝らされています。また近年有名になった「カカト落とし」も、元々はテコンドーの代表的な足技です。 現在、テコンドーには二つの組織があります。北朝鮮のITFテコンドーと、韓国のWTFテコンドーです。 しかし同じテコンドーといっても、この二つの組織は大きく異なります。  
鉄拳(てっけん)  アーケード(&プレイステーション)用のナムコの格闘ゲーム。2と3には、鈴木みのるがモーションキャプチャーで動きを取り入れたキャラクターが登場する。  
鉄柱  リングの四方に対角線上に設置された鉄製の柱。 一般的に『赤』と『青』の鉄柱が使用される。 これを攻撃に利用するレスラーも多い。  
テンカオ ムエタイの技で相手と組み合わないで、膝を入れること。  
電波ジャック  96年2月3日の札幌大会に、右ヒジ手術の為リングを離れていた蝶野が天山・ヒロ斎藤組のセコンドとして現れた。そして、放送席のマイクを奪い辻アナの実況を批判。その行動を辻アナが電波ジャックと呼んだ。  
テンプル コメカミの部分で、ここを打たれると、立てなくなる。  
電流爆破マッチ  有刺鉄線製のロープ、及びゲージに電流を流し、触れると電流が流れ、設置してあるプラスチック爆弾が爆発する過激な近代デスマッチの元祖である。アレンジとして制限時間になるとリング四方で爆発が起きる『時限爆弾マッチ』や、リング下に有刺鉄線を絡めた板に爆弾をセットした『地雷デスマッチ』などがある。  
     
 
東京カテドラル聖マリア大聖堂  1991年12月28日、蝶野マルティナが、 挙式を挙げた式場。 司会は辻アナが務めた。  
東京スポーツ新聞  昭和35年4月1日、日本全国初の夕刊スポーツ紙「東京スポーツ」は創刊した。当時、一部5円。爆発的なプロレスブームに乗り、急成長を遂げる。昭和35年秋、日本新聞協会に加盟、昭和37年1月にABC協会に加入、名実ともに新聞としての地歩を固める。以後も飛躍を続け、昭和39年5月1日、大阪スポーツを発刊。続く昭和41年2月1日、朝刊・九州スポーツ、昭和43年3月1日、中京スポーツと立て続けに全国へ展開する。現在全国250万部を超える部数を有し、即売市場では圧倒的な売れ行きを誇っている。また出版活動も地道な活動を続け、日本のプロレスの全てを収録した「プロレス全書」は、東スポ35年の歴史を反映し、大好評を得た。 正月恒例の行事となった「プロレス大賞」、オリンピック等への「アマチュアレスリング壮行会」、「東スポ&北海道スキーツアー」、映画ファンには待ち遠しい映画試写 会「東スポシネサロン」、ユニークな中にも鋭い選択を見せる「ビートたけしの独善映画大賞」等々各種イベントを一年を通 して行っている。 また毎年元旦号で行う「お年玉ビッグプレゼント」には214万通 を超える応募が殺到、ゴールデンウイークに行う「ドリームジャンボプレゼント」(夕刊企画)には63万通 を超える反響がある。この他、各面で毎日行われている「紙上クイズ」は、Jリーグ、野球、プロレス、競馬…と、その内容の範囲が広く、広告の各面 に対する反響、各面の読者層等、数々の調査の基礎資料として利用し、媒体資料の詳細なデータのもとともなっている。 東京スポーツはプロレスと共に飛躍的な発展を遂げて、現在でもプロレスジャーナリズムとして第一人者の地位 を確立している。 東スポ出版部は日本プロレスの発展・向上のためこれまでの蓄積とリーダーシップを持ってプロレス関連の書籍を多数出版している。 特に1999年から『プロレス年鑑』の刊行を始め、これまできちんとしたイヤーズブックを持たなかったプロレス界で、プロレス人気の発展のためにジャーナリズムの責務として、今後も発刊していくようである。 また、力道山時代から日本プロレスの第一線で活躍してきた取締役編集局長・櫻井康男(筆名=原康史)の『激録 力道山』(全5巻)、現在本紙連載中の『激録 馬場と猪木』シリーズを刊行中。 その他、健康書なども多数出版している。  
東京ベイNKホール  パンクラス旗揚げ戦の会場であり、その後も多く利用され、数々の名勝負を生み出した。96年9月7日の興行では、船木のタイトルへの初挑戦が話題になったため、プロレスの興行としては初の超満員札止め(7,250人)を動員した。  
闘魂三銃士  1988年7月2日にプエリトルコ・サンファンで、それぞれ海外遠征をしていた蝶野武藤橋本の3人が合流し天下取りに向けて闘魂三銃士を結成。7月29日の有明コロシアムに三銃士としてワンマッチ凱旋をした。1993年2月16日の両国国技館で試合に敗れ解散を宣言。現在は蝶野が新日、武藤が全日、橋本がZERO-ONEとバラバラになって活動している。  
道場破り  バーリトゥードに関する道場破りのエピソードは1994年に当時UWFインターナショナルに所属していた安生洋二選手が、飲み会の翌日、米ロサンゼルスにあるヒクソン・グレイシーの道場へマスコミ関係者や団体スタッフを引き連れ、道場破りを敢行。本来の目的は試合の交渉のためだったと安生本人は後に語っていたが…。 道場内で行われた戦いは約6分にわたって行われ、安生がマウントパンチで顔面 を殴打された後、チョークスリーパーで敗北した。 その他、パンクラスに参戦していたジェイソン・デルーシアがホイス・グレイシー(柔術)の道場へ、また、タンク・アボット(ピットファイティング)がアラン・ゴエス(柔術)の道場へ道場破りを行い共に失敗している。  
同門
 同じ門下生のことを言う。相撲では同門対決は例外を除いては行われず、優勝決定戦やトーナメント形式で行われる時だけである。プロレスでは同門対決が当たり前であり、K-1でも同門対決がある。また総合格闘技ではほとんど無い。  
頭髪  格闘技の試合においては掴んだり引っ張ったりしてはいけないルールがほとんどである。総合系の試合や寝技系の試合では頭髪が選手にとって擦れるなど邪魔になることもあり、坊主頭にしたり、綺麗に剃り上げている選手もいる。また戦いにおいて頭髪を伸ばすと意識がそちらに流れるなどの理由で、あえて坊主頭にする選手もおり、反対に試合に合わせて金髪や茶髪に染めてくる選手もいる。  
トーワ杯  グローブ空手のトーナメント。第2回には当時藤原組を離脱したばかりの柳澤、稲垣が出場。パンクラス旗揚げ後の第3回には柳澤と高橋が、第4回にはヴァーノン・タイガー・ホワイトが出場している。  
ドクターストップ
doctor stop
 リング下の団体専属のドクターが医者として大事に至ると判断した時に宣せられ、それまでの採点で勝敗が決められるか、ノー・コンテスト(無効試合)になる。  
トーナメント
tournament
 1試合ごとに敗者を除き、勝者同士を戦わせ、最後に勝ち残った一人を優勝とする競技方法。PRIDE GPやK-1GPや初期UFCがそうである、かなり過酷で実力はもちろん運も左右してくる。  
虎殺し  パンクラスの高橋が目指している究極の目標。それも、牙や爪をとった状態からすべてついた状態まで5回戦うつもりらしい。  
虎の穴  はるか昔、タイガ−マスクが鬼のようなしごきを受けた架空のジム。 実在するものとしてイギリスのヘビの穴があるが、どっちが真似をしたのかは不明。  
トレーナー

trainer
   
ドロー
draw
 引き分けの意。またドロー裁定のないシステムをマスト・システムと言う。  
ドントムーブ
Don't move
 両者がグラウンドの攻防をしている時、リングの外に出そうになった時にレフェリーが宣告し、試合を一時中断し両者をマットの真中の方へ戻す行為。  
トンパチ
 プロレス界において、突飛な行動や言動を、平気で行う人のこと。 もともとレスラ−はトンパチの集まりであるから、 その中でトンパチと呼ばれる人は、非常に賞賛すべき人物である。 また、その”すばらしい人達”のインタビュ−集を一冊の本に納めた、 ”トンパチ”(紙のプロレス監修)が1500円で絶賛発売中。
 
     
   
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